仏事全般

手を合わせること【合掌】の意味。両手を合わせ仏様と一体になり、全身を清める。

この記事は、

今回の内容は要するにコレ

手を合わせること(合掌)の意味

について書いています。

仏事には欠かせない作法、それは合掌です。

でも、なぜ両手を合わせるのでしょうね?

仏事では当たり前のようにしていることですが、その意味をちゃんとご存じの方は意外と少ないのです。

この記事を読んでいただいた後の合掌は、読む前の合掌とは全くの別物になるはずです。

ぜひ最後まで読んでみてください。

お寺では手をたたかない

どこかのお寺や神社へ参拝した時に、あなたが必ずしていることは何ですか?

えっ?お賽銭を入れる?

あぁ、なるほど、まぁそれも大事ですね。

でも、まだ他にも必ずしていることがあるんじゃないですか?

あっ、思い出していただけました?

そうですよ、『手を合わせる』ですよねぇ?

では、お寺と神社では、手を合わせる作法が違うというのはご存知ですか?

ウチのお寺でもたまに本堂の前で「パンッパンッ」と手をたたく(打つ)音が聞こえます。

まぁ、間違いとかタブーというわけではないですが、

お寺の場合は、

手をたたく必要はない

ですよ。

そっと手を合わせるだけ

合掌(がっしょう)

をしてくださいね。

ちなみに、神社にお参りをした場合は、手を2回たたいたら、そのまま手を合わせてください。

いわゆる、神社における『二礼二拍手一礼』の作法です。

神社で手をたたくのは、神様にこちらを向いてもらうため、またはこちらへ来てもらうため、という意味があるそうです。

お寺の場合はそっと手を合わせるだけでいいですからね。

仏様はわざわざ私たちからアクションを起こさなくても、いつも見守ってくれており、正しい方向へと導いてくださいます。

そのことに対して、わたし達は「仏様、いつもありがとうございます」と、そっと手を合わせてお礼をするのです。

合掌の意味

お葬式、ご法事、お墓やお仏壇のお参りなど、仏事のときには必ず合掌をしますよね?

でも、合掌の意味をちゃんと知っている人は意外に少ないです。

ぼくは、同じように【手を合わせる形】をしていても、合掌の意味を知っているのと知らないのとでは『全く別物』だと思います。

あなたにも【合掌】の意味をぜひ知ってもらいたいのです。

以下で、なるべく理解しやすいように説明しますので、今後は意味を知った上で『本物の合掌』をしてもらいたいなと思います。

インドの作法が元になっている

仏教発祥の地であるインドでは、相手に敬意や感謝の意を表すときに合掌をします。

また、目の前の相手に対して自分の両手を見せることにより、

  • あなたを攻撃するつもりはありません
  • あなたとの平和な関係を望んでいます

ということを意味します。

つまり、合掌とは、

敬意・感謝・平和

を表現している作法なんですね。

次に、合掌の形について説明します。

あなたもご存じのように、合掌の形は、

  1. 両手のすべての指を伸ばす
  2. 胸の前あたりで両方の掌(手のひら)どうしを合わせる

というものです。

なぜ、このような形にするのでしょう?

インドには、

右手は清らかな手(清浄)であり

左手は清らかでない手(不浄)である

という考えがあります。

たとえば、インドの人は食べ物を直接手でつかんで食事をしますが、そのときは【右手】を使うそうです。

これは、食べ物は『ありがたい恵み』なので、清らかな手(=右手)でいただく、というわけです。

これを合掌の形に置き換えると、

右手は清らかな手(=仏様)

左手は清らかでない手(=私たち)

を、象徴するものと考えているため、両手を合わせることによって、

仏様と私たちが【一体】になること

を意味するわけです。

では、私たちが仏様と一体になると、どうなるのか?

一体になったその瞬間から私たちの全身が清められます。

つまり、お墓やお仏壇またはお寺へ行き、仏様を前にしたときに合掌をするのは、

  • 敬意を表すべき対象(仏様やご先祖様)が目の前にいらっしゃるのだから、私たちもちゃんと全身を清めた状態にすることが礼儀である。

という考え方をしているからなのです。

【関連記事】⇒お墓参りをする意味とは?お墓参りの基本的な手順と注意点も詳しく解説します。

合掌をしている時間

あなたは、お墓やお仏壇をお参りする時にどのくらいの時間手を合わせていますか?

ぼくが今まで見ていると、多くの人はだいたい【5〜10秒】くらいだと思います。

もちろん、手を合わせる時間には個人差がありますので、中には30秒近く合わせている人もいます。

手を合わせる時間に決まりはありません。

ただ、あんまり早くパッと終わらせてしまうのも寂しいので、ぼくなりの基準をお伝えしようかと思います。

ぼくが基準にしている【手を合わせている時間】は、

左右それぞれの手の温もりが、互いに十分に伝わるまで

です。

両方の手のひらを合わせ、そのままにしていると、右手の温もりが左手に、左手の温もりが右手にジワ〜っと互いに伝わります。

このように、両方の手のひらの温もりが互いにしっかりと伝わるまでは手を合わせておくんです。

先ほど、合掌は【仏様と私たちが一体になること】を意味すると言いました。

つまり、ぼくは、

  1. 仏様(右手)の慈愛に満ちた温もりが私たち(左手)に伝わり、
  2. 次に、私たち(左手)の敬意や感謝の気持ちが仏様(右手)に伝わる。

というイメージで両手を合わせているんです。

ですから、

互いの温もりが十分に伝わり合った時に【仏様と私たちが一体になること】ができている状態である、

と考えているわけです。

でも、これはお葬式や法事といった場面ではできません。

なぜなら、一人あたりの合掌の時間がかかりすぎてしまうからですね。

個人的にお寺・お墓・お仏壇にお参りする時に、じっくりと温もりを両手に伝え合ってみてください。

「いただきます」と「ごちそうさまでした」

手を合わせるのは仏事の時だけではありません。

私たちは食事をする時にも、「いただきます」と言って手を合わせていますよね?

その理由は、食べ物が【ありがたい貴重な恵み】であり、【感謝をすべきもの】だからです。

まず、私たちの食材となる、肉、魚、野菜など、これらは全て大地の恵みです。

そして、忘れてはいけないのが、

大地の恵みにはすべて【命】がある

ということです。

私たちは、

その【命】をいただく

ことによって生きていられるのです。

まずこの、私たちがいただいた『命』に対して絶対的な感謝をすべきです。

次に、それらを捕獲または収穫する人たちがいて、それをまた、切り分けや加工、運搬、販売、購入、調理といった具合に、私たちが食べ物を口にできるまでには多くの人が携わっています。

これらの人たちも全て感謝を表すべき対象です。

このように、目の前に並んでいる食べ物全部が『感謝すべきもの』なので、いただく前に手を合わせてまず自分の全身を清めるのです。

そして、食べ終わった後には、いただいた命を無駄にすることなく一生懸命に生きていくことを誓いながら、「ごちそうさまでした」と再び手を合わせます。

ちなみに、

ぼく達お坊さんにとっては有名なのですが、

『右ほとけ 左は我と 合わす手の

内ぞゆかしき 南無のひと声』

という、合掌についてよんだ句があります。

両手を合わせて仏様と一体になり、仏様に対して日頃の敬意と感謝をこめて「南無」とお唱えする、という意味ですね。

まとめ : たくさん合掌をしてください

お盆やお彼岸になると、家族連れでお墓参りをされる方が多くなります。

そんな中、小さなお子様が可愛らしい手を合わせているのを見かけます。

それを見るたびに、何だかとてもほほえましく、幸せな気分にさせられます。

何かのテレビCMに

「おててのシワとシワを合わせて【しあわせ】、な〜む〜」

というのがありますけど、

テレビCMのとおり、小さな手の合掌がぼくを幸せにしてくれています。

仏事には不可欠な合掌ですが、もっと多くの場面で合掌が見られるといいなぁと思います。

相手への尊敬・感謝・平和を表す行為が日常的にどこでも見られる世の中になれば、争いごとも減り、おだやかに安心して生きていくことができます。

そのような日が早く訪れることを心から願います。

あなたも、いろんな場面でたくさん合掌をしてくださいね。