お坊さん歴20年以上の未熟僧と申します。
- 今さら人には聞けないけど、合掌にはどんな意味があるの?
- 合掌は、なぜ両手を合わせるんだろう?
- 合掌をするときの作法を知りたい。
仏事には欠かせない作法、それは合掌です。
でも、なぜ両手を合わせるのでしょうね?
仏事では当たり前のようにしていることですが、その意味をちゃんとご存じの方は意外と少ないのです。
この記事では、合掌をする意味と合掌の作法について紹介しています。
この記事を読んでいただいた後の合掌は、読む前の合掌とは全くの別物になるはずですよ。
お寺で手を合わせる時は、手を叩かない

どこかのお寺や神社へ参拝した時に、あなたが必ずしていることは何ですか?
えっ?お賽銭を入れる?
あぁ、なるほど、まぁそれも大事ですね。
でも、まだ他にも必ずしていることがあるんじゃないですか?
そうですよ、『手を合わせる』ですよね。
では、お寺と神社では、手を合わせる作法が違うというのはご存知ですか?
僕のいるお寺でもたまに本堂の前で「パンッパンッ」と手をたたく(打つ)音が聞こえます。
まぁ、間違いとかタブーというわけではないですが、とりあえずお寺の場合は手をたたく必要はないですよ。
そっと手を合わせるだけの、
合掌(がっしょう)
をしてください。
ちなみに、神社にお参りをした場合は、手を2回たたいたら、そのまま手を合わせておいてください。
いわゆる、神社における『二礼二拍手一礼』の作法です。
神社で手をたたくのは、神様にこちらを向いてもらうため、またはこちらへ来てもらうため、という意味があるそうです。
お寺の場合はそっと手を合わせるだけでいいですからね。
仏様はわざわざ私たちからアクションを起こさなくても、いつも見守ってくれており、正しい方向へと導いてくださいます。
そのことに対して、わたし達は「仏様、いつもありがとうございます」と、そっと手を合わせてお礼をするのです。
合掌の意味

お葬式、ご法事、お墓やお仏壇のお参りなど、仏事のときには必ず合掌をしますよね?
でも、合掌の意味をちゃんと知っている人は意外に少ないです。
ぼくは、同じように【手を合わせる形】をしていても、合掌の意味を知っているのと知らないのとでは『全く別物』だと思います。
あなたにも【合掌】の意味をぜひ知ってもらいたいのです。
以下で、なるべく理解しやすいように説明しますので、今後は意味を知った上で『本物の合掌』をしてもらいたいなと思います。
合掌は、敬意・感謝・平和を表現している
仏教発祥の地であるインドでは、目の前にいる相手に対して敬意や感謝の意を表すために合掌をします。
また、相手に自分の両手を見せることにより、
- あなたを攻撃するつもりはありません
- あなたとの平和な関係を望んでいます
ということを意味します。
つまり、合掌とは、
敬意・感謝・平和
を表現している作法なんですね。
ですから、お葬式、法事、お墓参り、お仏壇参りなどの仏事では、仏様や故人に向かって合掌することで、敬意と感謝と平和の気持ちを表現しているのです。
右手は『仏様』、左手は『私たち』。合掌で両者が一体となる
次に、合掌の形について説明します。
あなたもご存じのように、合掌の形は、
両方の手のひらを合わせる
というものです。
なぜ、このような形にするのでしょう?
インドには、
右手は清らかな手(=清浄)
左手は清らかでない手(=不浄)
という考え方があります。
たとえば、インドの人は食べ物を直接手でつかんで食事をしますが、そのときは【右手】を使います。
これは、食べ物は『ありがたい恵み』なので、清らかな手(=右手)でいただく、というわけです。
そして、排便をするときには、反対の【左手】を使ってお尻を洗います。
清らかな右手で排便直後のお尻を触るわけにはいかないので、清らかでない手(=左手)でお尻を洗うのです。
このように、インドでは両手を清浄と不浄で使い分けているのです。
そして、これを仏教的な視点で見ると、
右手は清らかな手(=仏様)
左手は清らかでない手(=私たち)
となります。
ですから、合掌という『両手を合わせる形』にすることで、
仏様と私たちが【一体】になること
を意味するわけです。
では、私たちが仏様と一体になったら、どうなるのか?
私たちが仏様と一体になった瞬間から、
私たちの全身が清められる
のです。
仏様の清らかな力で、私たちをキレイに清めてくれるのです。
つまり、お墓や仏壇またはお寺へ行き、仏様を前にして合掌をするのは、
『敬意を表すべき対象(仏様やご先祖様)が目の前にいらっしゃるのだから、私たちもちゃんと全身を清めた状態にすることが礼儀である。』
と考えているからなのです。
【関連記事】⇒お墓参りをする意味とは?お墓参りのやり方と注意点も詳しく解説
日常の作法と合掌
手を合わせるのは、仏様の前だけではありません。
私たちは食事をするときにも、「いただきます。」と言って手を合わせていますよね?
その理由は、目の前にある食べ物が【ありがたい貴重な恵み】であり【感謝をすべきもの】だからです。
まず、私たちの食材となる、肉、魚、野菜など、これらはすべて自然の恵みです。
ここで忘れてはいけないのが、
自然の恵みにはすべて【命】がある
ということです。
私たちは、
その【命】をいただく
ことによって生きていられるのです。
だから、食事の前に必ず「(ありがたい自然の命を)いただきます。」と言うのです。
まず私たちは、自然からいただいた『命』に対して絶対的な感謝をすべきです。
次に、それらを捕獲または収穫する人たちがいて、それをまた、切り分けや加工、運搬、販売、購入、調理といった具合に、私たちが食べ物を口にできるまでには多くの人が携わっています。
これらの人たちも、すべて感謝を表すべき対象です。
このように、目の前に並んでいる食べ物すべてが『感謝すべきもの』の集合体なので、それをいただく前に手を合わせて自分の全身を清めるのです。
そして、食べ終わった後には、いただいた命に感謝をして「ごちそうさまでした。」と再び手を合わせます。
他にも、誰かに対して【謝るとき】や【お願いするとき】にも手を合わせますよね?
これは、謝るときもお願いするときも、【まずは手を合わせて自分の身体を清めて、それから相手と接するのが礼儀である】ということですね。
つまり、どんな場合でも、手を合わせるという行為は、
相手に対して失礼とならないように、自分自身を清める
ことが目的なのです。
ちなみに、
『右ほとけ、左は我と合わす手の、内ぞゆかしき、南無のひと声』
という、合掌について詠んだ句があります。
この句でも、『両手を合わせて仏様と一体になり、仏様に対して日頃の敬意と感謝をこめて「南無」とお唱えする』ということを語っているのですね。
手を合わせるとき(合掌)の作法

仏事においては必ず合掌をします。
合掌は両手を合わせるだけの単純な動きですが、そこにはちょっとした作法がありますので紹介します。
手を合わせるとき(合掌)の作法
合掌の作法には、
- 立ったまま合掌する(立拝)
- 座って合掌する(座拝)
の2つがあります。
とはいえ、この2つはほとんど同じ作法なので、簡単に覚えられます。
立ったまま合掌をする場合
まずは、立ったまま合掌をするときの作法です。
立ったまま合掌をする場面は、葬儀式場でのお葬式、お墓参り、屋外にいる仏様にお参りするときなどでしょう。
作法の手順としては、
- 対象の目の前に着いたら、両脚そして背筋を伸ばし、かかと同士をつけて、まっすぐに立つ。
- 両方の手のひらをしっかり合わせ、指をまっすぐに伸ばす。このとき、指と指の間隔を開けないようにする。
- 合わせた両手の中指の先を上に向ける。
- そのまま両腕を【中指の先が喉仏の位置にくる高さ】まで上げて、少しだけ脇をしめる。
- 前方へ45度くらい上半身を倒し、そのまま姿勢をキープ。
- しばらくしたら、体を起こす。
- 両手を離す。
というカンジです。
完全にこの通りにできなくてもいいので、今後の仏事で手を合わせるときに少し意識してみてください。
座って合掌する場合
続いて、座って合掌をするときの作法です。
座って合掌をする場面は、自宅でのお葬式や法事、お寺の本堂での法要、仏壇をお参りするときなどでしょう。
作法の手順は、
- 対象の目の前に着いたら、正座をして少し前に進み、背筋を伸ばす。
- 両方の手のひらをしっかり合わせ、指をまっすぐに伸ばす。このとき、指と指の間隔を開けないようにする。
- 合わせた両手の中指の先を上に向ける。
- そのまま両腕を【中指の先が喉仏の位置にくる高さ】まで上げて、少しだけ脇をしめる。
- 前方へ45度くらい上半身を倒し、そのまま姿勢をキープ。
- しばらくしたら、体を起こす。
- 両手を離す。
- 少し後ろに下がってから立ち上がる。
というカンジです。
これも完全にこの通りにしなくても問題はありません、
特に、足が悪かったり、どうしても正座が苦手な人は無理に正座をする必要はありません。
手を合わせている時間はどのくらい?
あなたは、お墓やお仏壇をお参りする時にどのくらいの時間手を合わせていますか?
僕が今まで見ていると、多くの人はだいたい【5〜10秒】くらいだと思います。
もちろん、手を合わせる時間には個人差がありますので、中には30秒近く合わせている人もいます。
とりあえず、手を合わせる時間に決まりはありません。
ただ、あんまり早くパッと終わらせてしまうのも寂しいので、僕なりの基準をお伝えしようかと思います。
僕が基準にしている【手を合わせている時間】は、
左右それぞれの手の温もりが、互いに十分に伝わるまで
です。
両方の手のひらを合わせていると、右手の温もりが左手に、左手の温もりが右手にジワ〜っと互いに伝わります。
このように、両方の手のひらの温もりが互いにしっかりと伝わるまでは手を合わせておくんです。
先ほど、合掌は【仏様と私たちが一体になること】を意味すると言いました。
つまり、僕は、
- 仏様(右手)の慈愛に満ちた温もりが私たち(左手)に伝わり、
- 私たち(左手)の敬意、感謝、平和の気持ちが仏様(右手)に伝わる。
というイメージで両手を合わせているんです。
ですから、
互いの温もりが十分に伝わり合った時に【仏様と私たちが一体になること】ができている状態である
と考えているわけです。
でも、これはお葬式や法事といった場面ではできません。
なぜなら、一人あたりの合掌の時間がかかりすぎてしまうからですね。
個人的にお寺・お墓・仏壇にお参りする時に、じっくりと温もりを両手に伝え合ってみてください。
まとめ : たくさん合掌をしてください
お盆やお彼岸になると、家族連れでお墓参りをされる方が多くなります。
そんな中、小さなお子様が可愛らしい手を合わせているのを見かけます。
それを見るたびに、何だかとてもほほえましく、幸せな気分にさせられます。
何かのテレビCMに
「おててのシワとシワを合わせて【しあわせ】、な〜む〜」
というのがありますけど、
テレビCMのとおり、小さな手の合掌がぼくを幸せにしてくれています。
仏事には不可欠な合掌ですが、もっと多くの場面で合掌が見られるといいなぁと思います。
相手への尊敬・感謝・平和を表す行為が日常的にどこでも見られる世の中になれば、争いごとも減り、おだやかに安心して生きていくことができます。
そのような日が早く訪れることを心から願います。
あなたも、いろんな場面でたくさん合掌をしてくださいね。
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