お坊さん

お坊さんは結婚をしてはいけないのか。お寺はどうやって継承されるの?

婚姻届とペン
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お坊さん歴20年以上の未熟僧みじゅくそうと申します。

お坊さんをしていると、よく初対面の人から「お坊さんは結婚しちゃダメなんでしょ?」と質問されます。

先に結論を言いますが、今のお坊さんは結婚をしても大丈夫ですよ。

たしかに、他の国では僧侶が結婚するなんてことはないのですが、日本のお坊さんは結婚が許されているんです。

この記事では、

  • お坊さんが結婚してもよい理由
  • お寺がどのようにして継承されるのか
  • お坊さんが結婚することに対する僕なりの『言い訳』

について書いています。

お坊さんとしての本音と建前を書いてみましたので、ぜひ読んでみてください。

お坊さんは結婚をしてはいけないの?

右手の人差し指を右のほほに当てて疑問を抱く白い服を着た女性

日本では、多くのお坊さんが結婚をしています。

あなたと同じように、お坊さんも素敵な人と知り合って、燃えるような恋愛をして、永遠の愛を誓って一緒になったんです。

僕がこんなことを言うと、あなたはきっと、

(えっ?お坊さんは結婚をしちゃダメなんでしょ!?)

と思うことでしょう。

そうですね、そう思うのが普通です。

たしかに、お坊さんには『異性と肌を触れ合い、交わってはいけない』という重大な決まりがあります。

でも、結婚をしたら『伴侶とまったく交わらない』というのは無理なので、そうなると重大な決まりを破ることになってしまうわけです。

じゃあ、なぜ日本のお坊さんは重大な決まりを破ってまで結婚をするのでしょう?

その理由は、

  • 国がお坊さんの結婚を許した
  • 結婚生活も良い修行になる

からです。

国がお坊さんの結婚を許した

まず、お坊さんに対して国から「結婚してもいいよ。」という許しが出たんですよね。

1872年(明治5年)4月25日に発令された太政官布告133号から僧侶の妻帯や肉食が認められるようになったんです。

内容は以下のとおり。

『自今僧侶肉食妻帯蓄髪等可為勝手事但法用ノ外ハ人民一般ノ服ヲ着用不苦候事』

引用:『法令全書』内閣官報局刊より

これは要するに、

今後、お坊さん(僧侶)は肉を食べてもいい、妻帯してもいい、髪を普通に伸ばしてもいい、法用(=法要)のとき以外は一般的な服装でもかまわない、もう勝手にして。

という意味です。

国がお坊さんに対して、

お坊さんとはいえ、本当は普通の生活がしたいでしょ?あなた達にも人権があるし、とりあえず法的には許してあげるから、あとは好きにしてください。

と言ったわけですね。

明治政府は『国家神道』を確立させたかったので、そこに仏教があるとジャマだったんでしょうね。

だから、「きっと坊主達は結婚をしたいはず。結婚を許可して、僧侶として骨抜きにしてまえ。」ってことで布告を出したんです。

これを聞いた当時のお坊さん達は、国が予想したとおり、

「えっ、本当!?よっしゃー!!とりあえず法的には結婚が許されたわけだし、さっそく女性を口説きに行こう。」

となりました。

じつは、国の許しが出る前も、中には隠れてコソコソと女性と密会してるお坊さんもいたみたいですよ。

それが、一応は国のお墨付きを貰えた形になって、それで、さっそく結婚してしまうお坊さんが出てきます。

そうなると、もう後はドミノ倒しのごとく我も我もとお坊さんは結婚しまくり。

やっぱりね、坊主も結局は人間なんで、『魅力的な異性と一緒にいる』ことを捨てられないんですよね。

このようにして、いつしかお坊さんの結婚はごく当たり前になりました。

だから、今でもお坊さんは普通に結婚をするんです。

んっ?

えっ、やっぱり納得できない?

そうですよね、根本的な話で「異性と交わってはいけない=結婚してはいけない」と定めたのは『お釈迦しゃか様の教え』であって、べつに『国』ではない。

だから、仏の道を歩む者ならば、たとえ国が結婚を許そうが、お坊さんの本来の目的である【悟りを求めるため】に、自分の意志で結婚をしなければいいだけの話。

しかし現実は、ほとんどのお坊さんが【結婚する】ことを選びました。

これに対して、「はぁっ?僧侶が結婚だと?坊主は異性と交わっちゃダメなんだろうがっ!」って反発する人もいました。

まぁね、そう言いたくなる人の気持ちはわかりますよ。

それは誰が聞いても文句無しで『正論』です。

その『正論』はお坊さん側もわかっているんですけど、日本のお坊さん達は【独自の手段】で仏道修行をすることにしたんです。

結婚生活は良い修行になる

あなたに一つ質問です。

結婚生活って意外と大変じゃないですか?

寝ても覚めても考えてしまうくらい大好きな人と結婚した。

そんな大好きな人と結婚をしたんだから、きっと『夢のような幸福な暮らし』が待っている。

そんなことを思ったでしょ?

もちろん、大好きな人と一緒にいられるのですから『幸福な暮らし』には違いない。

でも、実際には【生活】という厳しい現実が待ってる。

基本的に結婚生活は【幸せなこと】がたくさんあります・・・と言っておきます。

しかし、現実の結婚生活には【苦労すること】も山ほどあります・・・と、ここは強調しておきます。

夫婦間の問題、子育ての問題、仕事の問題、家庭の将来の問題など、喜怒哀楽が入り混じり、理想と現実の間で自分自身と葛藤しながら生きていくんです。

結婚生活の長い人なら私の言っていることがわかるはず。

それでね、もしもあなたに何か悩み事があったとします。

それをお寺に行って相談するとしたら、

  1. 結婚をしているお坊さん
  2. 結婚をしていないお坊さん

のどちらに話を聞いてもらいたいですか?

お坊さんの仕事って、お経を読んだり説法をすることだけじゃない。

悩みを抱える人に寄り添って話を聞いてあげることも大事な仕事。

そんな時に、既婚者の気持ちを未婚のお坊さんに理解できると思います?

家庭を持つことの大変さを知らないのに、既婚者の気持ちに本当に寄り添うことなんてできる?

そんなの絶対にできないから!!!

既婚者の気持ちは既婚者にしか理解できない。

だから、私は、

お坊さんは結婚してもいい

と思う。

結婚したら、良いことも悪いことも本当にいろいろあります。

そのたびに心から喜んだり、さんざん悩んで考えたりするんですよね。

結婚って、人としてもそうですが、

お坊さんとして非常に良い修行になる

んですよね。

良いことがあれば『なぜこんなに嬉しいのだろう?』と考えて、悪いことがあれば『どうすれば幸せに転ずることができるだろう?』と考えます。

宗教の基本は、

  • どうすれば幸せに穏やかに生きることができるか

を考えて、それを追求していくことです。

結婚をせずに黙々と約束事を守って修行を続けることもいいんですよ、それはあえて大事なものを捨てることで『真の幸福』を追求していくから。

反対に結婚をして、結婚生活の中で多くの人が求める『真の幸福』を理解し、それを追求していくことだって立派な修行。

これは、言ってみれば、結婚の中で悟りを求めていく【日本独自の仏教】です。

日本のお坊さんは、正直言ってイメージが悪い。

その一つが「坊主のくせに結婚なんかしやがって!」という反発だと思います。

でも、結婚しているからこそ見出せる真実があり、それは悟りを得るために重要なことです。

私たち日本の僧侶は【日本独自の仏教】で悟りを目指していきます。

【関連記事】:【お坊さんの僕が警告!】お坊さんと結婚したい?それはやめた方がいい。

お寺はどうやって継承されるの?

交代と書かれたボードの前でハイタッチをする木製の人形

あなたは日本のお寺がどのようにして受け継がれているかご存じですか?

昔のお寺にはたくさんのお弟子さんがいて、その中でも一番優秀な弟子がそのお寺の住職になっていました。

しかし、現在の日本のお寺は基本的に、

世襲制

です。

もちろん、すべてのお寺がそうではありませんけどね。

しかし、誰もが知るような大寺院を除けば、ほとんどのお寺は世襲制です。

つまり、ほとんどのお寺の住職は『結婚』をしているんです。

しかも、世襲制ですから『子ども』がいるわけですよね。

ということは、その住職は【異性との交わりを禁ずる】という約束を破っている可能性が極めて高い。

でも、日本の仏教はそれを『黙認』しています。

だって、それが【日本独自の仏教】だから。

この【世襲制】ってのは、メリットとデメリットがあるんですよね。

世襲制のメリットは、

  1. 比較的安定してお寺を維持できる
  2. 檀家さんにとっては【顔馴染みの人】が継ぐので安心できる

です。

お寺にお墓がある家のことを『檀家(だんか)』といいます。

檀家さんは、自分の家のお墓があるお寺に【住職】がいるから安心して任せられるのです。

それが、もしも住職がいなくなってしまったら、誰がそのお寺全体の管理や先祖供養をするのでしょうか。

実際に、人口の少ない地域では【住職がいないお寺】がたくさんあります。

そのようなお寺の檀家さん達は、「自分の家のお墓はどうなってしまうんだろう?」と途方に暮れているんです。

その点、世襲制だったら住職に子どもがいれば、とりあえず次代の住職の候補がいてくれます。

お寺を継いでくれる人がいるというのは、檀家さんにとっては大きな安心材料となります。

また、檀家さんというのはほとんどが【地元の人達】です。

自分の家のお墓があるお寺なのに『どこの誰だか知らない人』が住職になると不安なんです。

一方で、【住職の子ども】なら小さい頃から知っています。

その子どもが次の住職になってくれたら、【顔馴染みの人】なんだから安心できますよね。

このように、『比較的安定してお寺を維持できる』や『【顔馴染みの人】が継ぐので安心できる』という点は世襲制のメリットですね。

しかし、やはりデメリットもあります。

それは、

  • 住職としての資質が不十分な人でも、そのまま継承してしまう

ということです。

どんな人が【住職としての資質が不十分】なのかについては、『付き合いを解消するべきお坊さんの特徴5選。』の記事で解説していますので読んでみてください。

お坊さんの中には、「こいつの考え方はかなりヤベェな。この寺の檀家さんは災難やな。」っていう人がいます。

これは世襲制が生み出した悲劇です。

次の住職となってくれる人がいたとしても、その人が【お坊さんとしての資産が不十分】である場合もあります。

でも、住職としては我が子に寺を継がせたいので、資質が不十分でもそのまま次の住職に据えてしまうのです。

そうなると、被害を受けるのは檀家さんの方で、その後は悲惨です。

檀家さんに対する横柄な態度だけでなく、葬儀社ともトラブルを頻繁に起こします。

最悪の場合は、刑事事件まで起こしてしまうんです。

私が属している宗派の僧侶にも、警察のご厄介になり、その事件がテレビ放送までされてしまったバカ者がいました。

でも、安心してくださいね。

あまりに問題行動が多いようなら、お寺の住職は『解任』できます。

檀家さんが力を合わせれば、問題ばかり起こす住職を寺から追い出すことは可能なんですよ。

住職の解任を希望する旨の署名を集め、その宗派の本山(宗派の親分みたいなもんです)へ提出するんです。

すると、本山には『審査会』みたいな機関があって、その寺の住職から聴き取りをするなどをして、実態調査をします。

それで、住職の非が認められた場合、厳重注意などもありますが、【僧侶の資格を取り消す】という処分も出されます。

僧侶として資格を失えば、住職はもう一般人となりますので、寺に関与することはできなくなります。

ですから、どうしようない人が住職となってしまった場合、解任することは可能だと知っておくことは大事ですね。

と、まぁ、このように世襲制にはメリットとデメリットの両面がありますが、圧倒的にメリットの方が大きいのが現実なのです。

まとめ:日本独自の仏教なので、お坊さんの結婚が許されている。

お坊さんは本来なら結婚しちゃダメなんです。

というか、結婚するといろんな執着に縛られてしまうので、当然ながら【悟り】から遠のいてしまうわけですね。

だから、悟りを求める立場の僧侶が『結婚』をするなんてあり得ない、ということです。

でも、日本のお坊さん達は『結婚』をしてる。

なぜなら、日本の場合は、

お坊さんの結婚が許されている

からです。

まず、明治5年に国から結婚の許しが出ました。

これによって、お坊さんはある意味で『解放』されました。

だから、今でもお坊さんのほとんどは結婚してる、もしくは結婚しようとしているんです。

それに、日本の仏教は他の国と比べて『非常に柔軟な考え方』をしています。

もともと日本に伝わった仏教は、比較的柔軟な【大乗仏教】であり、そこからさらに日本風にアレンジされてますからね。

いろんな思想や文化が入り混じってるし、宗派によっては、悟りの妨げとなるはずの『欲望』でさえも【清らかなもの】として肯定的に考えてる。

言ってみれば、今の日本にあるのは『日本独自の仏教』です。

私たち日本のお坊さんは、『日本独自の仏教』で悟りの境地を目指し、日本の文化に合わせてお釈迦様の教えを伝えています。

結婚しているからこそ、既婚者の気持ちがよく理解できて、それをふまえた布教ができるんです。

結婚生活って夢のような幸福ばかりじゃないですもんね、さまざまな現実や苦しみも伴うものです。

結婚することによって、いろんな経験を経て、人として、僧侶としてレベルアップできるんです。

ですから、私の個人的な意見としては、僧侶は自分自身の悟りからは少し遠のくかもしれませんが、人の気持ちに寄り添った布教をするという点では結婚をしておくべきだと思います。

以上、既婚僧侶の言い訳でした。

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